映画 「ボーダーライン」 / Sicario / シンプルな「悪」に対抗する「善」のかたち。全文ネタバレ・レビュー / by abou el fida

IMDb 7.7/10 | IN MOVIES 7.0/10 | 121min | 2016年4月9日(土)日本公開

ボーダーライン:シンプルな「悪」に対抗する「善」いくつかのかたち

この映画の中では悪についてはほとんど語られません。その悪に対抗する善のかたちについて描かれている映画だからです。

 

この映画で描かれる善のかたちとは、

ケイト(エミリー・ブラント) = 法的な正義のかたち

主役のケイトは充分にエリートで、法的に正義で、しかも勇敢ですが、本当の悪の前では軟弱です。全ての悪が法的手段に則って裁かれなければならないという前提で行動するので、実戦では不器用になるのです。

煙草でストレスを紛らわす事や、やけ酒を飲んで行きずりの男と過ごす事、これらは彼女の弱さを表しています。彼女は最後まで悩み、涙をこぼし、アレハンドロ(デル・トロ)のように拳銃の引き金を弾く事ができません。

映画の中では明らかに主役ですが、ヒーローにはなれない、現実に限りなく近い正義のかたちです。

 


アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ) = 法とは無関係な灰色の正義のかたち

善を行う動機が、正義ではなく個人的な復讐です。そのため、法的な裁きや、客観性が無用です。つまり実際はグレーな人で、無機質で鋭い眼光は、ギャングのそれと同質です。

元検事。CIAに利用されるいわば傭兵のような存在ですが、家族の復讐のためには手段を選びません。淡々と水のガロン・ボトルを持って拷問に行く姿には目的のためには何ものにも屈しない決意を感じます。まるで肉食動物の狩りのようで、実際にアレハンドロがケイトに「狼の世界」と表現している事でもわかります。

加えて、彼のちょっとした行動の端々で見える人間性も、この映画では大切なエッセンスです。例えば防弾チョッキに着替える際にスーツのジャケットをきちんと折り畳んでからバッグに入れる事。最後の闘いの前に、ケイトとその相棒に握手をする礼儀正しさ。ラストシーンで自分の娘に似ているケイトの涙を拭いてあげる優しさもあります。頭はボサボサなのですけれど、この人だけハードボイルドでやたらクールです。
「トラフィック」「21グラム」「悲しみが乾くまで」「チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙」のベニチオ・デル・トロは、演じる役柄の幅が良い意味で狭く、期待を裏切らない個性があります。この映画を愉しんだ方には当然ご存知かと思いますが、万が一未鑑賞の場合、是非「トラフィック」も観ていただかなければいけません。


前半の見せ場、護送中の国境での銃撃戦とこの映画の愉しみ方

小物犯人(ギアモ)を護送中、国境付近での銃撃戦はかなりの緊張感です。地元警官隊の護衛は、ピックアップ・トラックの荷台に自動小銃を持って立った状態で走行する様がものものしく、ケイト以外の全員が落ち着いて目を見開き、相手の一瞬の動きに反応して、公衆の面前で容赦なく射殺しまくります。

前半に用意されたこの見せ場の後、我々はケイトとともにメキシコ・カルテルを追うグレーな特別組織と行動をともにすることになります。

この映画では、女性(エミリー・ブラント)と黒人(法律に詳しいエリートでエミリー・ブラントの相棒レジー)は異質です。登場するのは白人とメキシコ人の男性ばかりで、女性と黒人はほとんど出演しないのです。つまり、この二人は外見(性別や肌の色)でも目立っており、狼の世界に投げ込まれた異質なものの象徴ともいえます。

また、おそらく映像で描いた場合、あまりにも残酷すぎて恐怖映画になってしまうからでしょう。実際の犯罪現場の描写は最低限(同じくメキシコ・カルテルの恐ろしさが表現された「悪の法則」でも同様でした)に抑えられています。緊張を煽る音楽は、地響きのごとき低音を多様したサウンドですが、重要な場面で、すっと抜ける無音とのコンビネーションが効果的で、更に、多くを語らずに物語を進行する編集が映画の充実度を上げています。

映像と音で目に見えない悪に対するケイトのストレスを一緒に感じるのがこの映画の愉しみ方です。


少々、微に入り細に入り。

  • ケイトの吸う煙草「INDIAN CREEK」は、メキシコの汚職警官で運び屋シルヴィオの吸う煙草と同じです(シルヴィオの寝室に「INDIAN CREEK」のカートンが重ねて置いてあります)。立場の違う似たもの同士とみるのは深読みし過ぎでしょうか?
  • 「ブレードランナー」の新プロジェクトでは、本作の監督ドゥニ・ヴィルヌーヴと、本作の撮影監督ロジャー・ディーキンスが既にクレジットされています。これは本当に楽しみです!

仲良し製作陣覚え書き

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ:「プリズナーズ」(ジィク・ギレンホール+ヒュー・ジャックマン)。
音楽:ヨハン・ヨハンソン:「プリズナーズ」に続き、ドゥニ・ヴィルヌーヴと共に本映画を製作。
撮影:ロジャー・ディーキンス:「プリズナーズ」に続き、ドゥニ・ヴィルヌーヴと共に本映画を製作。

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