IMDb 8.3/10 | IN MOVIES 8.0/10| 118min| 2016年4月8日(金)日本公開
この映画のストーリー
映画は前半と後半に分かれています。前半は7年間(ジャックにとっては5年間)に及ぶ、小さな「ルーム ROOM」での監禁から脱出、後半は母と子が本当の世界に戻ってからの苦悩と再生です。
この映画が語ること
母親がテレビ・インタビューで言う以下の言葉に全てが語られています(原作のみ)。
「いろんな人たちがいろんな形で閉じこめられている」
母と子の物語に焦点をあてるべく、犯人オール・ドニックについてはほぼ描かれていません。この映画は犯罪についての映画ではなく、あくまでも母と子の再生の物語なのです。そして、母と子ではそれぞれ再生の内容が異なります、、、。
母と子、それぞれの再生
子 = ジャック / ジェイコブ・トレンブイの再生
ジャックにとっては、今までの環境(まるで押入れの中のような狭い、しかし安心を感じる閉じられた空間、実際に接触する実物の人間が母親1人だけの世界)からの分離、独立、新たな世界や価値観との出会いです。
「ルーム ROOM」で生まれ、食べて、眠って、泣き、笑い、時には怒ってきたジャックにとって、世界はその中で完結しています。ジャックにとっての「ルーム ROOM」は我々にとっての地球と同じです。
脱出によって今迄とは全く異なる世界に放り出されるジャックは、例えば、自然とともに生活する未開部族の人をビルが乱立する都会に連れてきた場合と多くの点で類似します。象徴的には新たな誕生とも言えます。モノや情報が無限のごとく溢れ、忙しい人々の世界で、彼はどのように感じるのでしょう。
気がかりなのは、「ルーム ROOM」で過ごした母親との幸福な時間よりも本当に外の世界の方が、ジャックにとって価値あるものなのかということです。
もしかしたらジャックにとっては部屋から脱出しない方がよかったのでは、、、?
この答えは単純ではありません。しかし直感的には明確です。ジャックが歳をとる事は避けられないし、元々、部屋はオールドニックの作った不安定な世界であり、オールドニックの思いどおりにならなければ放置されるか抹殺されてしまう事でしょう。年月の経過により起こり得る変化は恐ろしい結末以外考えられない故、脱出以外の選択肢はありません。
ハラハラドキドキの脱出シーンは映画で観て頂くとして、脱出後、我々は、ジャックという無垢なる感覚を通して、この外の世界を再認識させられます。
二人が保護された病院の部屋は高層階にあり、清潔で窓が沢山ある広い部屋です。朝、ジャックが先に眼を覚まし、まぶしい昼間の光の中、ベッドから降りようとしてツルツルのリノリウムの床にそおっと素足が触れます。このシーンは前半と後半の分れ目で、まるでSF映画の新たな人類の誕生の様に非常に印象的です。
後に、実家に帰ってから母親がテレビ・インタビューを受けますが、その内容が元で彼女は自責の念にかられ、自殺を試みてしまいます。病院に搬送されるとき、ジャックはもちろん気が動転して泣いていますが、母親と一緒に病院に行こうとはしません。その晩は1人でベッドで朝まで寝る事もできます。この時点でジャックは「ルーム ROOM」や母親への依存がなくなっています。変化を受け入れ、新たな世界に順応していくジャックは強く、母親を助けていく役割さえ担っていくのです。
ジャックのために自分の全てを捧げて生きて来た母親は、実は、脱出のときも、自殺を試みたときも、そしてその後も、ジャックに助けられ続けているのです。
母親 = ママ(原作ではただの"MA") = ジョイ(本名) / ブリー・ラーソンの再生
元々、人間的に強く、努力をすることに慣れている女性です。学生時代はリレー・チームのアンカーだし、勉強もできる優等生(原作の設定)でした。そんな彼女にとって、絶望の監禁生活を2年間を過ごした後に生まれてきたジャックは生きる糧となります。母親としての責任感と使命は、監禁生活の中でいかにジャックを健全に育てるかに集約され、食事、勉強、運動、掃除、洗濯、入浴と、ストイックなまでに、毎日、毎週、決まった日課をこなす日々が続きます。これはサバイバルです。
毎晩のようにやってくるオールド・ニックに対しては、ジャックを守るためだけの機械的な対応をしていますが、本来人間が受容できる苦難をはるかに超えたその仕打ちを受け続ける彼女は、表情の変化が乏しく、どこか抜け殻のようにもなってしまっています。
ジャックの5才の誕生日、オールド・ニックはジャックへのプレゼントを持参し、ジャックのほんの少しの好奇心がオールドニックとの接触を実現させてしまいます。母親と子のルーティンは崩壊し、それとほぼ同時に、オールドニックに仕事がなく、収入がなくなっている事が発覚します。もしもこの先、食料の調達さえも難しくなった時、オールド・ニックが自分達にどんな仕打ちをするのかと考えると、とにかく出来るだけ早く脱出しなければ。と母親は決意を固めます。
、、、ハラハラドキドキの脱出シーンは映画で観て頂くとして、無事脱出した外の世界も、全てが正常な訳ではない事を忘れてはなりません。元々、彼女が誘拐されたのは、外の世界に属する犯罪なのですから。
母親の目的はジャックを守る事。それが実現された後の自分自身がどうなるかについては、何も考えてもいませんでした。彼女が出演したテレビ・インタビュー用のメイクで、それまでの彼女がずっと化粧なしだった事に改めて気がつきます。また、その化粧や洋服は何故かアンバランスで、つまり彼女はまだ世間にさらされるには準備不足だった事を物語っています。
インタビューの内容に自責の念にかられてしまった彼女は、再び「ルーム ROOM」にいたときの様な抜け殻になってしまい、自殺を図り、ジャックに発見され、やがて、再度ジャックを発見し、なんとかもう一度生きる糧を見出すこととなります。
ジャックは(自分の事だけでなく、)「Pick for the both of us / 二人のための決断」をちゃんとして!と言います。この言葉、元々は脱出計画を遂行するときにママがジャックに言い聞かせた言葉で、つまり、ラストでは立場が逆転しているのです。
原作と映画が異なるところ
- 原作では、全てジャックの目線と思考で物語が(一人称で)語られますが、映画では2割程がジャックの目線で、残りは客観的な第三者の(一般的な)目線で表現される。
- 原作では、ジャックの無邪気な思想や間違った言葉の使い方がコメディ・タッチで描かれる場面が多数ある。
- 母親が誘拐された年齢は、原作では19才。映画では17才に設定されている。
- 原作では、ジャックは脱出後にカーペット等の「ルーム ROOM」の友達を取り寄せている。
- 原作では、ママには義理の兄(ポール)がいて、彼は既婚で子供もいる。ジャックにとっては従兄弟になり、彼等とショッピングに出かけて一騒動を起こしたりする。
- 原作では、レオは犬を飼っていない。(原作では、犬は登場しない)
- 原作では、ジャックは誰もいないキッチンで、自分自身で髪を切り落とす。切り落とした髪は、ばあばが三つ編みのブレスレットにしてくれたので自分の腕に巻いていたが、後日ママにプレゼントする。
- 原作では、洗髪後のシーンで、ばあばに「I love you grandma .」とは言っていない。映画の中では不意打ちともいえる様な、うるっ、とくる美しいシーンで、ジャックが母親以外の人に特別な感情を抱く=母親への依存を乗り越えた独立心を表しています。しかし、愛の概念に関するエピソードや、ジャックとママの間で「Love」という単語もおそらく使われていないので、映画の一貫性から考えると唐突で不自然なシーンとも言えます。
- 原作で母親が脱出後にジャックと一緒に音楽プレーヤーで聴く音楽は、ザ・ヴァーヴのビタースィートシンフォニーです。この曲は映画のエンディングにも合っていると思いますが、残念ながら使用されませんでした。楽曲は良かったけどPVがイメージに合っていなかったのかもしれません。
- 母親が自殺を図った後、映画では生まれ育った実家に再度帰りますが、原作では二人で新たな更生施設に入ります。(生まれ育った過去の家をも出て、本当の再スタートが描かれる。)
原作にはあるが、映画では描かれていないところ
- 母親はジャックが生まれる前に様々な脱出を試みています。テーブルに乗って天窓のまわりを爪が全部割れるまでひっかいたり、天窓を割ろうとしていろいろなものを投げつけたり、スティーブマックイーンの「大脱走」をヒントに床を掘った事もあります。(部屋の周りは予めワイヤー・フェンスが張り巡らせられていたので断念。)
- ママはジャックが産まれる前に男児の死産を1回、女児の出産直後死亡を1回経験しています。オールド・ニックは部屋のすぐそばにその死体を埋めており、ジャックが入ったカーペットを抱えている時にそこで立ち止まるのはそのためで、ジャックもここに埋めちゃおうか?と考えていた瞬間なのです。
- カーペットの染みはジャックを産み落とした時のもの。母親はジャックを「ルーム ROOM」でひとりきりで、自分の力だけで産んでいます。それもあって自分だけの子供という意識が強いのです。
- 警察がジャックを保護して部屋を見つける際には、衛星を使用して該当と思われる地区の天窓のある家屋を検索しました。
- 母親=ジョイは、生後6週間で実の親から捨てられています。つまり養子。ばあばとじいじの実の子ではありません。
- 母親がテレビインタビューを受けたのはジャックの教育資金のためでした。
更に微に入り細に入り...
- 「オールドニック」とは英語で「悪魔」の意味です。
- ジャックに話すのは1840年代のフランス文学「モンテクリスト伯」。無実の罪で14年間牢獄に監禁された後、脱獄、復讐を果たす執念のストーリーです。
- ママの自分の部屋(監禁される前の自分の家の自分の部屋)にはディカプリオ(子役だった頃)のポスターが貼ってあります。2015年アカデミー主演男優賞はレオナルド・ディカプリオ(レヴェナント)で、主演女優賞はこの「ルーム ROOM」のブリー・ラーソン。ティーン・エイジャーが自分の部屋にディカプリオのポスターを貼るのは珍しい事ではありませんが、映画としてはなかなか興味深い偶然ですね。
映画の中でのジャックはものわかりが良すぎる感もあります。とはいえ、映画なのでそれも有りです。主役二人の演技は評判のとおりだし、独自の脚本も映像も音楽も秀逸です。感動のラストシーンは用意されていません。しかし観るものの心を静かに揺さぶる力を持つ、名作と呼ぶにふさわしい作品です。
テイストは全く異なりますが、「残酷な体験 → ストイックな抜け殻の生活 → 新たな世界 → 再生」という同様な手順を踏む、サラ・ポーリーの「あなたになら言える秘密のこと」も思い起こさせます。
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