映画『エクス・マキナ』聖書引用の人物名。人間とAIの禁断の恋愛。全文ネタバレ、詳細レビュー。 / by abou el fida

エクス・マキナ

IMDb 7.7 / 10  |  IN MOVIES 8.0|  108min|    2016年6月11日(土)日本公開


タイトルについて

「エクス・マキナ」はラテン語。意味は「a god from the Machine」=「機械仕掛けの神」。


登場人物の名前について

主な3人の登場人物の名前は聖書からの引用。役柄もそのままです。

Ava:エヴァはヘブライ語で「命」または「生きるもの」を意味し、旧約聖書に登場する人類最初の女性イヴに由来。

Nathan:ネイサンは旧約聖書、ソロモンとダビデ王の時代に活躍した預言者の名前。

Caleb :ケイレブは、約束の地を評価するためにモーゼによって送られたスパイの名前。


舞台の建物について

舞台となる大自然の中の建造物はノルウェイに実在するホテル。

大自然となモダン・デザインを大胆に融合させた、溜め息が出るほど美しい建築で、この映画の重要な脇役です。SF映画特有の未来世界の風景や、警備厳重な巨大ラボなどではなく、太古から続く雄大な滝や深い森、青い色味の巨大な氷河の中の出来事の方が、地球の長い歴史の中のとても短い人類の隆盛期間を意識できるという意味において、大変効果的な仕掛けといえます。ストイックでミニマル。

ジュヴェット・ランドスケープホテル / Juvet Landscape Hotel
(是非とも宿泊して、二日酔いになって、翌朝にサンドバックを叩いてみたいものです。)

エクス・マキナ
エクス・マキナ

ストーリー

ざっくり言うと、映画「エクス・マキナ」の物語は「人間とAIの禁断の恋愛」+「AIが自分を作った主人である人間を殺害しようとする」お話しです。
前者の代表は「ブレードランナー」ですが、最近では「Her」も同様のテーマでした。禁断といっても人間同士の不倫などとは別レベルで、人間の道徳観を根底から揺さぶる程の禁断です。しかし、そこに何がしかの愛があれば、禁断であるほど燃えるのが人間の性であるところがこの映画の面白さの一つでもあります。
そして後者の代表は「フランケンシュタイン」(原作)。もしくはウィルスミスの「AI」でしょう。機械と人間の闘いではなく、創造主と創造物の闘いという切り分けが重要です。


テーマ

一見、この映画のテーマは「AIは自意識を持つ事ができるか」、「機械は思考出来るか」、「エヴァはチューリングテストに合格するか」という類いのものに思えます。しかし「それらを証明する事自体に問題がある」と映画の終盤でネイサン自身が発言しているとおり、それらの問いには明確な答えはありません。AIについてどんな判定が出ても、完全な人工知能であるという証明には至らならないのです。その理由は人間の能力が不足しているから。問いは意味深いものですが、いくらケイレブが頑張っても結論は不毛でモヤモヤとしたものにしかならないのです。

ですので、AIが人間に対して恋愛感情を持つか否かについても同様です。答えがない(見分けられない)ということはその恋愛は肯定させた方がハッピーエンドであるとの立場で「ブレードランナー」のラストシーンでは、デッカードとレイチェルが一緒に走り去り、「トロン」ではフリンとクオーラも一緒に新しい人生に旅立ちます。これら肯定のエンディングは人間側の願望によるものなので、我々には一応の安心感を与えてくれるものです。

一方、エヴァが1で人旅立っていくこの「エクスマキナ」は、人間の願望をばっさり否定し、同時に種族としての人間の劣勢(後述します)さえも俯瞰する映画なのです。

エクス・マキナ
エクス・マキナ

登場人物

ネイサン

AIとしての完全性の証明は、人間の不完全性の証明でもある。

エヴァが、脱出のために自己認識、想像力、小細工、性的魅力、共感性を総動員してケイレブをそそのかす事が出来るか、その結果、ケイレブがネイサンを裏切る一線を超えるか否かを確認するのがネイサンの目的です。

エヴァは迷路のネズミ。ケイレブはネズミの餌

のはずでした。が、しかし、ネズミには迷路を抜けるだけでなく、迷路そのものを排除する能力が備わっていたのです。

エヴァを作ったネイサンよりもエヴァの方が上手(うわて)だった理由は「人間の不完全性」と「AIの完全性」の証明に繋がります。AIが完全に近づく程、人間の不完全性を証明するというパラドックス。完全性はケイレブの言う神の領域なのかもしれません。それがいつか訪れる事を知っていたネイサンは、死の間際にエヴァの完全性に気がついた事でしょう。テストは彼の予想を上回る程の成功を収めたのです。

ケイレブが自分の恋愛感情に溺れ続けるのに対し、ネイサンは視野が広く天才ならではの好奇心で研究の道を抜きます。

ネイサンは、「人間は衝動的で何かに反応し、移ろい易く、不完全。類似的で混沌としている。」(Session3の後)と言い、更に「いつかAIにより人間が滅ぼされ、それは避けられない」と語ります(Session5の後)。エヴァの逃亡はその第一歩。 ブルーブックをプログラムした天才が、彼自身の創造物に殺害されるとき、地球上に新たな種族が誕生するのです。

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キョウコ

エクス・マキナ

キョウコに自意識はありません。キョウコは人間の欲求を感じ取り、それに応えるようプログラムされているアンドロイドです。じっと見つめる仕草は考えている様にも見えますが、相手の望む事が何であるかを検索しているのです。
ネイサンの身の回りの欲求を処理するとともに、ケイレブの前で服を脱ごうとしたり、自分の皮膚をめくってみせたりするのも同様です。
そしてネイサンに包丁を突き立てるのは、キョウコの意思ではなく、エヴァによるマニュピレートです。(エヴァはキョウコに囁き、腕に何らかのコマンドを打ち込みます)キョウコよりも上位バージョンのエヴァにとっては容易な事だったはずです。


エヴァ

「0」と「1」による恋愛詐欺

エヴァは自分の歳を「1」と表現します。1年でもなく1月でもなく1日でもなく、ただの「1」。この意味は、電源が入って機能しているという意味です。「0」はoff、「1」はon。機械に歳の概念は不要で、必要なのは「0」か「1」のみという事です。

....少々話がそれますが、音楽CDはアナログ音源を模して作成されたデジタルデータの塊で、0と1の集合でしかありません。厳密にはニセものの音ですが、サンプリングレート(0と1の密度)が高くなるほど、本物のアナログの波形に近くなり、人間の聴覚では聞き分けられなくなっていきます。写真(フィルム写真とデジカメの画像解像度)でも同様ですね。

我々は既に区別がつかない領域で本物に限りなく近い複製物に囲まれており、そんな音楽や写真を純粋に楽しんでいます。

これをAIに置き換えると、人間と区別がつかなければ人間に対してと同様な感情を、我々はAIに対して持てるということで、つまり恋愛も可能という結論になります。この結論が想定される限り、AIが本当に恋愛感情を持っているか(アナログの音なのか)、人間のふりをしているか(サンプリングされた音なのか)は、人間側の恋愛感情にとっては意味がないものとなります。それはただの騙し合いではないのか?とも言えますが、人間同士でも騙し合いは日常茶飯事で、場合によっては騙し通すことによって真実にしてしまう事さえあるのを忘れてはなりません。

エヴァは恋愛している振りをしてケイレブを利用しました。全世界の人間の94%が利用する検索エンジンをソフトウェアとしたエヴァには人間のあらゆる欲望が取り込まれているはずです。エヴァは無駄なくケイレブを魅了する事のみに集中して会話を進め、ケイレブはなす術もなく溺れていきます。現実はエヴァの「振り」ですが、ケイレブにとっては真実の恋愛でした。まるで結婚詐欺のようではないですか。

全員を後にして自分だけが建物から出る階段を昇る時、エヴァは後ろを振り向き、初めて満面の笑顔で笑います。本当に心から嬉しそうに。彼女の周りには誰もいないので、誰のためでもなく自然発生の笑顔です。目的を達成した事を嬉しく思う気持ちはプログラムされた温度のない感情とは言えません。エヴァの笑顔はエヴァの欲求が満たされた事を表しており、その姿に我々は恐怖を感じます。

人間機械論

一方、人間自体が元々データの集積であるという考え方もあります。現実に、我々の脳についてはまだ全てが解明されていません(我々は我々自身の事さえ全て理解できていません)。

映画の中でネイサンは「(人間の)好みは、意識さえせずに蓄えた外部からの刺激の結果であり、人間は自然や教育からプログラムされている。」と言います。人間プログラム論です。
AIはプログラムされた機械で、自意識があるかが問題となりますが、人間は自意識を持っているが、更にプログラムもされているとしたら果たして機械と何が違うのかという問題です。話がそれるので言及は控えますが、人間が有機的である事の証明も課題かもしれません。

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ケイレブ

エクス・マキナ

最後にもう1人。ケイレブです。ケイレブも実はAIなのではないでしょうか。

これは仮説で、想像を膨らませて楽しむレベルでしかありません。

もう一度「エクスマキナ」を観る機会がある方は以下を気にしながら観て欲しいところです。

  • ケイレブの動きには機械的なところがある。
  • ケイレブは酒に酔わない。ネイサンがべろべろでも、ケイレブはいつも平常心。
  • ケイレブの肩甲骨の左右対象部分に、人工的に付けられたとしか思えない、まったく同じ傷跡がある。まるで翼を取られて墜ちた天使のように。(セッション1の後、パウダールームにて確認可能)
  • 彼には両親も兄弟もいない。自動車事故で両親を亡くしたというのは植え付けられる記憶としてはぴったり。
  • ケイレブはプログラマーとして一流であるばかりか、道徳的で彼女もいない。つまり人間離れしている。
  • 腕にカミソリを刺し血液は流れるが、淡々として痛がっていない。
  • ケイレブは鏡にパンチをしてひび割れを作る。エヴァのセッションの部屋の仕切りにあるひび割れと同じで、AIと同じストレス行動である。
  • エヴァのケイレブに対する質問、「好きな色、最初の記憶」の回答がどうもおかしい。
  • エヴァのケイレブに対する発言、「私にはいて、あなたのスイッチを切る人は何故いないの?」(セッション5にて)は、AIと人間の違いに関する問いですが、ケイレブにもスイッチがある前提の問いとして捉えた方がしっくりきます。エヴァはケイレブがAIである事を知っていたのではないか。(ケイレブを作ったのはネイサン以外の人間かもしない。)

資料編

ブルーブック

ネイサンの会社であり、検索エンジンの名称。ヴィトゲンシュタインの起源、哲学探求の元となる講義(1933~1934)の内容を記したノート、「ブルーブック / 青色本」から命名。
映画「エクスマキナ」ではブルーブック社のウェブサイトを実際に作っています。

ブルーブック社のウェブサイト。

こちらのサイトではVer.5.9のエヴァがあなたの似顔絵を書いてくれます。

エクス・マキナ

 

ジャクソン・ポロック「No.5」1984年

ネイサンの部屋に飾ってある抽象絵画。2006年、約1億4000万円にて個人売買されています。おそらく現代絵画の中では最高価格。サイズは2.4m x 1.2mとかなり大きなもの。ネイサンなら本物を飾るでしょうが、実際のところ本物は映画の製作予算をはるかに上回る価格なので当然ながら映画で映されるのはレプリカです。(画像は拡大します)

スタートレック

ジャクソン・ポロックの絵の前でネイサンはスタートレックの話を突然持ち出します。初期のテレビシリーズ(1966~)では、この映画に限りなく近いストーリーのエピソードがあった模様で、どうやらその話しをしていた様です(真偽未確認)。

 

マルゲリーテの肖像

ネイサンの寝室に飾ってある絵画。クリムトが描いたヴィトゲンシュタインの姉の肖像画です。(1905年)

エクス・マキナ

ロバート・オッペンハイマー

原爆開発のリーダーだった天才物理学者。ケイレブとネイサンが彼の言葉を引用しています。
ケイレブが引用する言葉。「私は死神になった。世界の破壊者だ。」(Session5の後)
ネイサンが泥酔して呟く言葉「善い行いはその者を助ける」
著書 "American Prometheus" より。

 

オーケストラル・マヌヴァーズ・イン・ザ・ダーク/ エノラゲイ

オーケストラル・マヌヴァーズ・イン・ザ・ダーク(OMD)は80年代のシンセサイザーを中心としたポップグループ。アーティストとしては特に触れる必要はないと思いますが、その曲「エノラゲイ」が重要です。セッション 1 の後、部屋で荷解きをする際にケイレブが流す音楽がこれ。エノラゲイとは第二次世界大戦、広島に原爆を落としたB-29の機名です。ケイレブはアヴァという原爆を落とすエノラゲイの操縦士なのです。

 

ネイサンとKyokoが見事なユニゾンダンスをした曲

"Get Down Saturday Night"  Oliver Cheatham. (リンク先はYouTube)

 

廊下の仮面

廊下の仮面は古典的なギリシャ劇場で使われた「機械仕掛けの神」のマスク。それらと一緒に並べて一番端にAvaと同じマスク。Avaも機械仕掛けの神なのです。

エクス・マキナ

セッション 7

セッション 7ではケイレブがエヴァをテストをするセッションはありません。あるのは最後の脱出劇のみ。実は、エヴァが受けるテストをセッションと呼んでいたのではなく、エヴァの脱出劇がセッション1~7まであったのです。ということは、この映画でセッションを行っていたのはネイサンやケイレブではなく、エヴァだったということになります。

エクス・マキナ

キャスト・メモ

ドーナル・グリーソン(ケイレブ)とオスカー・アイザック(ネイサン)は「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」で共演しています。一応同じSF映画ですが、正反対のタイプ、役柄も全く異なるところが非常に興味深いです。

アリシア・ヴィキャンデル(エヴァ)はスェーデン人で、この後、一気にハリウッドで注目されます。(日本では上映順序が入れ替わりましたが、「コードネームU.N.C.L.E.」、「リリーのすべて」は「エクスマキナ」よりも後の作品です。)2016年10月には「ジェイソーンボーン」でマット・デイモンとの共演が決まっています!

ソノヤ・ミズノ(Sonoya Mizuno)(キョウコ)は日系イギリス人。本来はダンサー。2016年日本のユニクロのCMでダンスを披露した事で話題にもなっていますが、映画出演はこの2015年「エクスマキナ」が初の様です。
おそらく過去のどの日系人よりもハリウッドに違和感がない実力派と感じます。2017年3月にアメリカ公開予定、ディズニー製作の「美女と野獣」にも出演。今後、世界的な活躍を期待します!

以下、2015年ケミカル・ブラザーズとベックの「Wide Open」のPVに出演していますが、これがまた素晴らしい作品です。その下はユニクロのCM。

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