IMDb 7.2・IN MOVIES 7.7・101min・2017年2月18日(土)日本公開
原題Demolition/デモリション。この映画のテーマ、愉しみ方。
正直に生きる事、そして自分のそばにいる大切な人について、その大切さの再認識、再発見をする物語です。
基本的にシリアスな内容なのですが、ところどころコミカルな要素を感じるのは、主人公のディヴィス(ジェイク・ギレンホール)が、人間的に欠陥がありつつも、あまりにも正直で、純粋すぎるから。物事の対処法が新鮮で奇抜だからです。メタファーたっぷりの独創的な世界観を楽しめる、大人のための映画です。鑑賞後に映画館を出る時は、ちょっと素敵な短編小説を読んだような後味です。
キーワード
メタファー / Metaphor
「メタファー / Metaphor」がとても重要なキーワードとなります。というか、映画自体が一つの大きなメタファーなのですけれど。「メタファー」とは「比喩」という意味で使われる事が多いのですが、この映画では主にイメージや雰囲気、余韻、象徴、なんだかそのような感じ、、、という意味でとらえた方がしっくりきます。
グルーミング / Groom
「グルーミング / Groom」も重要なキーワードです。片方だけ、一方的ではなく、互いが気遣い合うということ。デイヴィスは自分自身のグルーミング(走ったり、胸毛を剃ったり、眉毛を揃えたり)には律儀ですが、他人へのグルーミングが苦手です。他人からグルーミングされている事に気がつかないほどですから。
本来、グルーミングとは動物が体の衛生や機能維持などを目的として行う行動です。特に哺乳類のグルーミングは重要で、コミュニケーション手段や社会的な役割付けに必須。つまりグルーミングがないというのは孤立を意味します。デイヴィスが寝室で観るサル達のグルーミングの映像はグルーミングそのものであるとともに社会性のメタファーなのです。
主な登場人物
- 主人公:デイヴィズ / ジェイク・ギレンホール
- 妻:ジュリア / ヘザー・リンド
- 義理の父:フィル / クリス・クーパー
- 自販機のカスタマーサービス係:カレン / ナオミ・ワッツ
- カレンの息子:クリス / ジュダ・ルイス
あらすじとデイヴィスの気持ちの推移
0.それまでのデイヴィス
それまでのデイヴィスは、、、妻からプレゼントされた高価なボールペンの箱さえ開けていない(たぶん興味がない)、家に居ても宅配便のドアベルにも出ない(居留守というわけではなく、やはり興味がないだけ)、携帯の留守番メッセージがいつもいっぱいで新たに吹き込む事ができない(古いメッセージを整理していない)、、、無精なのでもなく、悪気もなく、ただ気が付かない、注意が向かない性格。自分自身にも、対外関係に対しても冷めているのです。
「何故奥さんと結婚したの?」とカレンに質問され、
「わからない。たぶん簡単だったからかな。」と答えてしまうところがとても印象的です。
1.どうもよくわからないものばかり。
仕事の話しはてきぱきとこなしますが、妻との会話を何故か上手くのみこめません。妻の質問をオウム返しにつぶやき、意味を理解しようと試みます。冷蔵庫の水漏れ、一昨年前にもらったクリスマス・プレゼントの工具、、、自分と自分の家に関することなのに、どうもよく覚えていない。
妻の事故直後、近所の人からの花やら食事やらが玄関に置かれますが、デイヴィスは素通りです。翌日にはもっと増えています。しかしやはりそのまま。ご近所さんからデイヴィスへのグルーミングに全然気がつかないというメタファーです。
2.ショック状態からの目覚め。(雰囲気 / atomosphere)を意識しはじめる。
デイヴィスは妻を亡くした直後に、悲しみも痛みも感じていない自分を発見します。当初は妻を愛していなかったからだと考えますが、どうも何かおかしい。自分の頭の中の何かが変だと感じはじめます。「狂気」の変ではなく、どこか見えない場所の歯車が噛み合わないようなイメージです。
デイヴィスの感情は分厚い膜に覆われています。意識がオブラートにつつまれているようで感情が現れないのです。この分厚い膜を取り払って、原因を解明しなければなりません。
デイヴィスという人物は、都会病ともいえる物事への無関心さのメタファーなのです。
フィルに呼び出された高級レストラン(実在します!後述します。)にて。暫く考えた末に「わかった!我々はこの店の雰囲気に高い金額を支払っているんだ!」と言います。妻を亡くした後のショック状態から自分の周りの環境や雰囲気を意識しはじめた瞬間です。
視界には存在しているのに注意が向かずに見えなかったもの。無関心でただ通り過ぎていたものがデイヴィスに見えてきます。妻のヘアブラシに着いた髪の毛、公園の木々、そう、公園の巨木が倒れているのに気がつきますが、これは彼の無関心が原因でとっても大きなモノを根こそぎ倒してしまったというメタファーです。
3.緊急停止
電車の緊急ブレーキを引いたのは、進行していた彼の人生を止める事の象徴。立ち止まって周りを見渡すと、覆われていた心の幕を取り払った風景がみえるのです。デイヴィスの行動は、一見やけっぱちのようにも見えますが、もっと心の深い部分の現象が行動として現れているのです。周りの人々には妻を亡くしてどうかしてしまった男の突飛な行動と思われますが、クリスには「完全な正直者」として自分の悩みを打ち明ける価値のある人間と映ります。カレンへの手紙を注意深く見ると、(電車の緊急ブレーキを引いたとき)「恐ろしいほどに爽快だ / that's a scary wonderful feeling」と書かれてれています(セリフはありません。)。覚醒のような感覚でしょうか。
デイヴィスには人々の行動が客観的に見えるようになりました。ブリーフケースを持って通勤する人々を見ていると、みんながお弁当箱を持って学校に行く子どものように見えます。また、空港で2時間もぶらぶらしての人間ウォッチング。荷物を転がして移動する人々は、いままで自分が属していた世界の自分自身でもあります。不必要な物を背負うのを当たり前の事と思い、忙しげに日々生活をする事を強いられている、、、荷物を捨てて、忘れていた大切な物をとりもどさなくてはという意識が芽生えてきます。
4.分解作業
身近な風景が全く違うものに、見えないものが見える様になると、次は上手くいかない物事が何故上手くいかないのか、本来どのように動くべきかを知るための作業がはじまります。
そこここで現れるジュリアの幻想は、彼女が彼に何かを言いたがっているから。それを理解するためには、全部を一度分解して原因を突き止めなければいけません。
デイヴィスは自分の心の中にあるものを取り出すように語り始めます。自分の心の分解作業なので、それは言い換えると独り言です。独り言にはレスポンスは不要ですから、語る(打ち明ける)相手は親族や知人などではなく、見ず知らずの人が対象となります。5年間の通勤で毎日のように同じ電車に乗っていたのにも関わらず、ほぼ会話などしていなかった警備員の男に突然語りかけるのもそうだし、自販機会社のカスタマーサービス宛のクレームの手紙も同様です。それらの語りは淡々と心の中から取り出したものであり、正直で客観的なもののメタファーです。
また、現実の生活で上手くいっていないリアルなもの(冷蔵庫、電灯、トイレ個室のドア、パソコン等)については、リアルに分解していきます。心の分解とリンクさせていく手法が映画ならではのダイナミックさで、この辺が非常に面白いくだりです。リアルなものの分解については以下、「破壊・打破 / Demolition とメタファー」の項目にて記しました。
5.再生
子どもの頃の駆けっこではどうしても勝つことが出来なかったデイヴィス。1度でいいから1番になりたかった。でもそれは自分だけが勝つ事、自分の事のみを考えていたのです。だからフェンス(人生の壁、自分の殻の象徴)から外に出られない。前に進めない。フェンスにぶつかれば、またスタート地点に巻き戻されて同じかけっこが繰り返されるだけ、、、。
大人になって人混みを歩いていても、自分は他の人々とは逆方向に進んでいます。進んでいる様にみえても自分だけ後戻りをしているのかもしれない。見えないフェンスにぶつかって、また戻る事を繰り返しているメタファーです。環境的にはみんなの中に存在していても、人間として孤立しています。今迄の生活では気がつきませんでしたが、心のベールを取り除けば、そこには孤独がありました。
ジュリアはいつも笑顔とともに自分をグルーミングしてくれていました。にもかかわらず、自分はいつも素通りをしていたのです。
徹底的な破壊の後、妻の悲しい事実を知り、それは自分が二人の愛をケア(グルーミング)しなかったための犠牲(のメタファー)である事に気がつきます。
ラストシーン、デイヴィスは子ども達と一緒に、子どものように走ります。走る先にフェンスは見えません。勝ち負けではなくみんなと一緒に走る事が彼に笑顔をもたらします。ジュリアの幻影も微笑みにかわりました。
リアルな破壊 / Demolition とメタファー
M&M'sの自販機
妻の死を知った直後の不具合との遭遇。自販機にお金を入れて「M&M'sピーナッツ」のボタンを押したのに、途中で詰まって落ちてこない。自分の心が上手く動いていない、心に何かが詰まっているメタファーです。クレームの手紙を自販機会社に書くのは、自分自身に詰まっているものを問いただす事のメタファーです。
M&M'S ピーナッツ
M&M'sは戦場でもチョコレートが食べたいという兵士のために開発された(手がチョコでベタベタにならないように周りを砂糖でコーティングしている)という、そのデザインとともに非常にアメリカ的な商品です。デイヴィスが食べたかったのは普通のM&M'sではなく、M&M'S ピーナッツ。M&M'S ピーナッツはピーナッツが中に入った少し大きめの粒。黄色の袋といったら「M&M'S ピーナッツ」です。
マイマイ蛾 / Gypsy moth
根こそぎ倒れてしまった木であっても、元は元気だったはず。浸食は気が付かないほど些細な事から始まります。例えばジプシーモス(マイマイ蛾)が自分の庭木を少しずつ侵食していく様に。きちんとケアしていないと、知らないうちにどんどん侵食されてしまう。土地を肥沃にしてジプシーモス対策をしなくてはいけないのです。これはもちろん結婚生活のメタファーです。早起きをしてデイヴィスの庭木の世話をしているお父さんは、ちょっとおせっかいかもしれません。しかしそのくらいの愛情を注ぐのがグルーミングなのかもしれません。
家の冷蔵庫
ジュリアから2週間も水漏れが続いている冷蔵庫を、義理の父、フィルからもらった工具(義理父はデイヴィスに足りないものを知っていました。これもグルーミング。)で直してくれと言われます。デイヴィスは水漏れの件も、工具の件もどちらも覚えがありませんでした。というより関心がないために脳からこぼれ落ちていた状態です。夫婦の関係のメタファーです。
最初に取り掛かったのはこの冷蔵庫を分解する事。作業はあまりうまくいかず、次第に熱を帯びていき、力任せの破壊作業に発展します。
本来は、分解→分析→再構築というプロセスがあるべき姿ですが、妻亡き今、再構築は不可能です。やるべき事は、何が起こっていたのか、何が悪かったのか、その原因を見つけるためにとにかく分解する事。分解ができなければ破壊して中身を確認するまでです。
義理父の家の電灯
フィル宅の電灯に不具合がるようです。電気がついたり、つかなかったり、、、電気がつかないと暗闇の中で行動しなければなりません。これは人生のメタファーでもあります。きちんと物事を見るために分解してどこが悪いのか調べなくてなりません。デイヴィスは、ひとの家のものでもおかまいなしに分解してしまいます。
会社のトイレの個室のドア
ドアがきちんと閉まらない。外の世界(仕事など)が自由に出入りしてしまい、プライベートな空間(家庭)が保たれない。ドアが閉まらない彼の心のメタファーです。デイヴィスはトイレの床一面にドアのパーツを並べます。一つ一つのパーツを確認したかのようにきれいに並べます。簡単な仕組みのように思えますが、ドアがきちんと動くためのパーツも思ったよりも多いものです。
パソコン
会社のパソコンも分解します。エラー音からするとウィンドウズですね。検索結果が表示されない。キーをたたいてもエラー音が繰り返される。呼んでも答えてくれない。きちんとレスポンスできない。妻ジュリアのデイヴィスに対するメタファーです。とにかく分解して中を見てみましょう。
カプチーノマシン
デイヴィスが車をガレージに入れようとすると、車の侵入を妨げるようにガレージの真ん中にダンボールが一つ置いてあります。おそらくこれが留守電のメッセージでジュリアが言っていた荷物なのでしょう。デイヴィスの母が受け取ってくれたのです。ダンボールの中身はジュリアが購入した20万円もするカプチーノ・マシン。本来入れるべき車が入れられない。うまくいかない。何故うまくいかないのか理解するためにカプチーノ・マシンを分解してみることにします。
デイヴィスはカレンに「今、ちょうど20万円もするカプチーノ・マシンをバラバラにしたところだよ。 / I just dismantled a $2000 cappuccino machine」と電話で話します。この「バラバラにする / Dismantled」という単語はジェイク・ギレンホールの前作、映画「サウスポー」で施設に入れられた娘から痛烈に言われた単語と同じです。映画「サウスポー」でも妻を亡くし、自分を見つめ直し、もう一度新たに人生に向かうというテーマでした。
デイヴィスは全てを分解して、パーツをきれいに並べ、そのまま放置して、次のデモリションに移ります。何故なら、まだ自分の心が分解されきっていない、原因がまだわからないからです。それまでデモリションは続きます。
解体中の他人の家
二人で暮らした家を壊すための予行演習。映画の中では映されませんが、予告編の画像で、壁に「Karen」と彫りつけています。予行演習なので、気持ちがジュリアではなくカレンに行ってしまっていたのかもしれません。
二人の家
妻亡き後、二人の家で、一人座って食事をする。何か気が付かなかった事があるようです。違和感はありますが、気が付かない生活が長すぎて、分厚く覆われた幕の外側からはよくわかりません。中を覗くにはフィルが言うように、やはり全てを分解して核の部分を見る必要があります。
二人の家は、二人の生活、歴史そのもの。結婚生活そのもののメタファーである事は言う迄もありません。それを解体するのです。しかも、目的のものが見つかるまで徹底的に分解する必要があります。徹底的な行動の象徴としてデイヴィスはブルドーザーをオークションで購入して家に持ち込みます。
自分の家を自分で壊すのは尋常ではありませんが、犯罪でもありません。しかし これに付き合えるのは、死をも恐れぬ程に強い世間への反逆精神と憎しみを抱え、更にジェンダーの悩みまで持つクリスです。クリスにとってはやり場のないパワーの発散なのですが、直感的にデイヴィスの苦しみもわかるようです。二人は良き相棒となります。
家の破壊シーンの後で、クリスが、沈んでいるデイヴィスの顔を手でむりやり笑顔にするところはこの映画最高のシーンです。なんと思春期の子どもにグルーミングされるデイヴィス。
ジュリアの基金設立パーティ
二人の家を壊しまくって最後に出て来たのが、ジュリアが妊娠していた事のある事実。でもまだ破壊は完全ではありません。
ジュリアの基金設立パーティを(象徴的に)ブチ壊しにして最後の最後にわかったのが、妊娠していたのは他の男性の子どもだった事。つまり、ジュリアが他の男性と関係があった事が判明するのです。
価値があるべきもの / Deserve
デイヴィスは「価値あるもの / Deserve」について、その単語で2回言及しており、それぞれ大変印象深いセリフです。
1度目。ディヴィスがケイトの家に初めて入ったときの会話。
ケイト:「靴下は下着と一緒の引き出しに入れてるわ。」
デイヴィス:「女性の下着は、専用の収納場所に収納されるべき価値があると思ってたよ。 / I just think a woman's underwear is deserving of its own space.」
男女での女性の下着についての会話ですからセクシャルな雰囲気があるのは間違いないのですが、まじめに語るデイヴィスが微笑ましく、正直です。妻を大切にできなかったダメ人間ではありますが、この辺の純粋さが人間的な魅力を感じさせる訳です。小粋な会話が散りばめられた映画は愉しいものです。
2度目。ジュリアの墓の前で、ディヴィスとマイケルとの会話
ディヴィス:「彼女は大切にされるべき人だった。(僕がそうすべきだったのにできなかったから)君が彼女を大切にしてくれていたらいいなと思ったんだ。 / i just hope that you cared for her, Because she deserved that.」
この言葉が出るのは、妻の気持ちを妻の身になって考える事が出来るようになった証で、妻に対する愛を取り戻したからです。哀しいけどハッピー・エンド。
そして、車のサンバイザーから落ちていたジュリアの付箋メモ。
「今日が雨ならこの付箋は見つからないわね。今日が晴れてたらこの付箋を見つけて私の事を考えてくれるわね。 / If it's rainy, You won't see me, If it's sunny, You'll Think of me.」「晴れ」=「全てが明るみに出る事」のメタファーです。
修復
デイヴィス独自の考えで、ジュリアの基金として壊れていたメリーゴーランドを直します。これは自分自身も修復したメタファー。崩壊劇は終了しました。フィルにも声を掛けるのはデイヴィスからフィルへの初めてのグルーミィングです。
メリーゴランドには「ジュリアのメーリーゴーランド / Julia's carousel」と名付けられています。
おまけ
エンドロールを最後まで見終わると、真っ黒な画面でデイヴィスから以下の一言があります。
「心を込めて。デイヴィッドより / Warmest regards David c. Mitchell」
手紙の最後の挨拶文と署名です。この映画は観ている貴方への手紙だったのです。
音楽などについて
Amazonにて¥1500。ダウンロード版のみ。試聴可。
ショパン / 夜想曲
冒頭、ブルックリン、クィーンズに向かう橋を渡りながらの車中。ジュリアがかけていたのはルービンシュタインのショパン「夜想曲」(ノクターンOP.9 NO.2)。デイヴィスが止めてもいいかと聞きますが、ジュリアは「だめ」と即答する。彼がそう言うのを予め知っていたかのように。自分が聴いているものを彼にもちゃんと聴いてほしかったために。
ダン・ディーコン / Drinking Out of Cups(サントラ未収録)
デイヴィスとジュリアと最初に会ったパーティーで映されていたテレビ映像で、怒ったトカゲが2つ足で立って何やら喋っていましたが、それです。ダン・ディーコンの2003年のアルバム「Dan Deacon and appears on the album Meetle Mice 」に収録。(ただしゃべっているだけの曲なのです。)
歌詞の中に「僕には関係ない。知ったこっちゃないね。 / Not my chair Not my problem」というくだりがあって、映画の冒頭でジュリアが皮肉たっぷりに全く同じセリフをデイヴィスにも言っています。
ダン・ディーコン「Drinking Out of Cups」
また、ジュリアはこの曲の歌詞から「Mr.Seahorse Captain」という単語も引用していて、ジュリアがバーキンを持って空港でディヴィスを出迎えるページング・ボードにも記載しています。「Seahorse」とはタツノオトシゴの事。更に、回想シーンではジュリアがデイヴィスにタツノオトシゴの拡大鏡を贈っています。
マイ・モーニング・ジャケット / 「Touch me! I'm going to scream (Pt.2)」
マイ・モーニング・ジャケット の2008年のアルバム「Evil Urges」 に収録されています。
空港で2時間人間ウォッチングをするシーンと、デイヴィスがこどもの頃のかけっこを回想するシーンで使われています。
ジュリアがこの曲名を付箋メモに書いて、ボールペンの化粧箱に忍ばせておいたのですが、デイヴィスは箱自体を開けていなかったので気がつくはずがありません。
ちなみにジュリアがこのメモを書いたのは、この曲を使っている事で有名な風刺アニメ「アメリカン・ダツド」のエピソード(主人公が仕事や家族を全て無視して、アーティストの「マイ・モーニング・ジャケット」のツアーについて行ってしまうという内容)が理由です。
amazonにて試聴可
ハート / Crazy on you
ハートの「CRAZY ON YOU」は1976年に発表された1stアルバム『DREAMBOAT ANNIE』からの当時のヒット曲。日本では1985年の「These Dreams」の方が有名かもしれません。ちなみにデッドプールのライアンレイノルズが大好きな曲も「These Dreams」(リンク先はYoutube。2分過ぎでライアン・レイノルズが唄いだします)です。
ギル・ソコット・ヘロン「B movie」(サントラ未収録)
3人の食卓。カレンが食事を作っている間。テーブルを挟んでにらみ合うクリスとデイヴィスのBGMです。1981年のアルバム「Refrections」に収録。ジャズ、ソウル、ファンクを融合したサウンドで、主に黒人解放運動に関する強いメッセージを朗読。ラップ・ミュージックの原点とも言われます。クリスは白人音楽、黒人音楽に関係なく、とにかく反骨精神ある音楽が好みのようです。渋い選曲です。闘う男達には合っていますが、カレンにバッサリと曲を変えられてしまいました。
Amazon ¥1974
ギル・スコット・ヘロン / B Movie
フリー / Mr.Big(Live at Sunderland)
クリスがドラムを合わせて叩く曲。そしてまるで思春期のクリスと同じ様に、あるいは、その感覚に自然と同化した様に踊るデイヴィス。デイヴィスはヘッドフォンで同じ曲を聴きながら、駅や街中でもフリーの「Mr.Big」で踊りまくります。この映画の最も印象的なシーンです。
「Mr.Big」は1970年のアルバム「Fire and Water」収録。時代を超えるブリテイッシュ・ロックの名盤。アルバム丸ごと傑作です。聴けばわかりますが、多くの物を詰め込まない「音の間」が雄弁な音楽です。
Amazon ¥1,515
M.ウォード / watch the show
デイヴィスの家を壊すときクリスがかける曲。M.ウォード2012年のアルバム「Wasteland Companion」から。この曲だけを聴くとハードなイメージに感じるかもしれませんが、M.ウォードはどちらかというと地味で大人向けのかすれ声が渋いシンガーソングライター。実は「ブルーバイユー」でノラ・ジョーンズと共演した人といった方がわかりやすいかもしれません。
Amazon ¥2,121
CAVE / Sweaty Fingers
車の中ではサイケ・ロックのケイヴがかかりました。2013年 のアルバム「スリース / threace」から。12分近くある大作。トーキング・ヘッズを彷彿させ、悪くはないのですが、思索するデイヴィスにはちょっとボリュームが大きすぎる様です。
Half Moon Run / Warmest Regards
エンドロールの曲です。カナダのインディ・フォーク&ロックバンド。日本ではほぼ知られていませんが、アメリカでは注目度、評価ともに高い新鋭バンドです。2015年の2ndアルバム「Sun Leads Me On」から。荒削りですがメロウ。素朴で味のある良い選曲です。曲名の「Warmest Regards」については上記「おまけ」をご参照ください。
Amazon ¥2,236
この映画でクリスが聴く音楽などについて
クリスの聴く音楽は時代こそさまざまですが、どれもルーツに忠実で、骨太のロック、ブルースが中心です。(悪魔の遣いの様な音楽は使われていません。)
ところが、カレンのボーイフレンド、カール(C.J.ウィルソン。「マイ・インターン」の飲酒ドライバーを覚えてますか?)が着ていたのはジョイ・ディヴィジョンのTシャツ。ジョイ・ディヴィジョンはメンバーの自殺により解散した70年代後半のポスト・パンクバンド。「ニューオーダー」の全身ですが、ジョイ・ディヴィジョン時代は非常に陰鬱、内省的でおどろおどろしいパフォーマンスが特徴です。好みの問題もありますが、客観的に考えればクリスの聞く音楽の方がパワーが外に向かっているという意味で健康的といえるでしょう。
資料編
杉本博司の「海景シリーズ」
デイヴィス宅は、NY郊外のホワイトプレインズに建っている設定です。ニューヨークの北に位置する全米屈指の高級住宅街で、地理的にはマンハッタンまで40分ほどのイメージです。
ジュリアの趣味だと思いますが、海に関するインテリアが多く、特に印象にのこったのが壁にかかるアート。日本人写真家、美術家の杉本博司の「海景シリーズ」がいくつか飾ってありました。ちょっと冷たいイメージもありますが、モダンな調度品のなかの窓のような役割で大変美しいです。
本物は数千万円ですが、作品集ならすぐに手に入ります。
Amazon ¥8,424
トリニティ・プレイス・バー&レストラン / Trinity Place Bar & RestauranT
デイヴィスとフィルがよく通っていたレストラン・バーは「トリニティ・プレイス・バー&レストラン」という名称で実在します。場所は、ニューヨークのロウワー・マンハッタン、グラウンド・ゼロのすぐ傍。かつては実際に銀行だったスペースをレストランに改造しています。35トンもあるという金庫の扉が印象的。
デイヴィスのヘッドフォン
本国ではデイヴィスのヘッドフォンが少々話題になっています。正体は「SOHO 密閉型オンイヤーヘッドホン / harman/kardon」。日本では宣伝をしていないのであまり知名度がないようですが、洗練されたデザイン、長時間聴いても疲れないフィット感、折りたたみ式でケース付きで携帯性良し。音のバランスも文句なく、特に高音が美しく、外界との遮断度合いも丁度いい。文句なしの素晴らしいヘッドフォンです。このヘッドフォンをして街の雑踏の中で「フリー」を聴けば貴方もジェイク・ギレンホールが踊りまくった気持ちが理解できるはず。
ジェイク・ギレンホールが使っていたのは旧型の有線タイプですが、新型のワイヤレス(ブルートゥース)型はもっと素晴らしいです。(私は両方愛用しています!)
スタッフ&キャスティング・メモ
ジャン=マルク・ヴァレ / Jean-Marc Vallée
監督は「ダラス・バイヤーズ・クラブ」(2013年)で有名になったカナダ人のジャン=マルク・ヴァレ / Jean-Marc Vallée 。アクションやCGに頼る映画が目指す方向とは正反対で、ドラマ映画としてのクォリティを要求される脚本を好む監督さんです。こういう人の作る映画は時代を経ても色褪せません。
ジェイク・ギレンホール
主人公のジェイク・ギレンホールは「ナイト・クローラー」、「サウスポー」という濃い役柄に続き、今回は比較的普通な、成功した会社勤め人。しかしこれがまた大変良い演技。役作りが大変上手いのです。実はデビューが11歳。芸歴は充分長く、「ダニー・ダーコ」(2001年)、「ブロークバックマウンテン」(2005年)と何度か注目されつつ、どんどん良い役者さんになってきています。「脂の乗り切った」という表現がピッタリですね。
ナオミ・ワッツ
相性の良いキャスティングでした。彼女のデビューも若くて18歳。女優さんでありながらハリウッドに長く現役であり続ける凄い人です。昔は恐怖映画、ショッキングな映画(ザ・リング、マルホランド・ドライブ)のイメージでしたが、ここしばらくは今回のような人間味あるドラマが多く、どれも好印象です。(2016年は若者向けのSF映画「ダイバージェント」シリーズにも出演していてびっくり)。年齢を感じさせながらもチャーミングです。
クリス・クーパー
『遠い空の向こうに』(1999年)、『ジャーヘッド』(2005年)に続き、ジェイク・ギレンホールとの共演が3回目となります。4回目も楽しみにしていますね。
セリフ覚え書き
その1
ケイト:"He is 15 ( years old ) But looks12 and act 21."
その2
デイヴィス:"Fuck" is a great word, But if you use it too much, then it just loose its value. And you sound stupid.
クリス:Fuck you.
デイヴィス:Exactly, I feel nothing, and you sound like an stupid.
その3
ポール・ヴァレリー (フランスの作家):The future isn't what it used be.