IMDb 8.2/10 | IN MOVIES 7.0/10| 128min| 2016年4月15日(金)日本公開
この映画のストーリー
アメリカ、マサチューセッツ州ボストンで最大発行部数の新聞、ボストン・グローブ紙の特集記事チーム「スポットライト」が、長年に渡る神父の幼児虐待事件と、それを隠匿する教会のシステムを暴いていくストーリー。実話です。
この映画の楽しみ方
IMDbでかなりの高評価ですが、どちらかというと地味な映画です。クライム・シーンを再現することなく、新聞記者は資料調べや地道なインタビューが主な仕事なのでアクションの様なものもありません。また、最終的な答えが分かっているので謎解きもありません。
犯罪を犯したのは神父達とそれを黙認した教会ですが、裁かれるべき対象は、盲目的な教会擁護者たち、つまり一般の市民にも及びます。このため映画の結末として、悪の対象の多さが曖昧さとなってぼやけてしまう印象です。最後に正義が明確に勝つ風景がないのです。しかし、曖昧だからこそ、問題提議が重いとも言えます。問題定義については一番下の「この映画が描くもの」に記しました。
音楽は、盛り上がりの場面でも決してかきたてる事なく、ピアノを中心としたメロウでしっとりとしたテーマ。重い事実と記者達がひたむきに真実に立ち向かう姿とよく合っています。スポットライトのメンバーと一緒に取材をするごとく、じっくりと鑑賞する事をができるでしょう。疑似体験も映画の楽しみのうちの一つですし。
スポットライトとは
ジャーナリズムへの熱意を持ち続ける4人の記者がスポットライトのメンバーです。オフィスは地下。出入りの多い新聞社で長期の独占取材をするため、情報が漏れない様に隔離状態になっているのです。社内の他のスタッフにも取材中のネタを話さないし、外部にはスポットライトのメンバーが誰であるかも基本的に秘密です。
この映画でのスポットライトの取材方法はなんとなく共通しています。被害者に対して親身に対応する(意図的に名前を呼んで安心させながら聞きたい話を喋らせる)のはまぁ普通だとして、教会側の人間に対しては、事実を話して取材に協力するか、取材を拒否して暴かれる側になるか、良心に訴える選択を迫っていきます。この辺は、警察が悪を扱うのとは異なるジャーナリスト魂で、観ている側としても新鮮です。スポットライトが扱うのは、きっとそういう類のネタが多いのでしょう。
登場人物紹介:スポットライトのスタッフ4名+1名
ウォルター・ロビンソン=ロビー(マイケル・キートン):
スポットライトのまとめ役。社内では年配の部類に入りますが、編集会議で椅子に座らず、1人だけチェストの上に子供のように座る様なアウトサイダー。記者としての正義感を持ち続けていながら思慮深さもある、いわゆる「叩き上げ」です。こういう上司は信用できます。顔の皺がまるで象の様で独特な迫力。バードマンの面影も好印象になっています。ロビーのデスク周りはまぁまぁ整頓されていますが、小さな恐竜のフイギュアが置いてあったりして茶目っ気も伺えます。
マイク・レゼンデス(マーク・ラファロ):
一応、この映画ではこの人が主役です。正義感が強く、若いなりに熱い心を持つ、いい奴です。結婚はしていますが、妻の理解のもと、1人で部屋を借りて取材に打ち込む生活を続けています。今回の様な経験をいくつも経て、いつかロビーの様な人物になるのかもしれません。デスク周りは混沌としており、雑然と積み上げられた資料の山を見れば、彼が行動派の記者なのがわかります。超人ハルクである事を忘れるほどの熱演でした。
サーシャ・ファイファー(レイチェル・マクアダムス):
取材のときは女性の方が有利の場合も多いかもしれません。被害者たちの話を親身に聞く姿を観れば納得します。もちろん女性の武器という意味ではなく、彼女は映画全編でゆったりしたスラックス・ファッションで通します。このあたりも、映画を硬派なイメージにしている一面です。サーシャも結婚しています。妻の仕事への夫の理解度は、夫婦で食器の洗い物をする風景を観れば一目瞭然。母が敬虔なカトリック教徒なので、一緒に教会に行くのも日常です。母は記事を読んだらどんな反応をするでしょう。彼女のデスク周りにはマイクよりも多い資料が積まれていますが、女性らしく整理整頓されています。器用というわけではないですが、レイチェル・マクアダムスはどんな映画でも安心して観ることができる女優さんですね。
マット(ブライアン・ダーシー・ジェームス):
残念ながら、冒頭でケーキを持って歩くシーン以外はあまり目立ちません。資料調査が多く、チームの中では薄い印象ですが、家族と住む住居が容疑者の1人が居る更生施設にとても近い場所だと判明し、緊張が走ります。
マーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー):
スポットライトのメンバーではなく上司。グローブ紙に新任として配属され、今回の教会記事を発掘し、スポットライトに託しました。知的で静かな話し方。メモを取るシーンを見れば、彼もまた、元は現場の記者だった事がわかります。実はX-メンのウルヴァリンの兄弟ビクター(セイバートゥース)ですね。狼男から、物静かなユダヤ人役によく化けました。
映画の中では明確に語られていないこと
数年前ボストングローブ紙に送られた資料を闇に葬ったのはロビーの上司ベン・ブラッドリー(ジョン・スラッテリー)です。映画では具体的に言及されていませんが、代わりにいくつかのシーンがそれを示唆しています。
- ベンはバロンが提案した当初から神父の虐待事件を扱う事に難色を示します。
- ロビー宛にわざわざメールで、この事件は扱わない方がいいと意見を言います。
- マイクが自宅で電話インタビューをしていた直後、ベンがマイクの様子をみるために訪ねてきます。最初の意図は圧力をかけるつもりか、もしくは進捗状況を探りにきただけかもしれません。しかし87人容疑者がいると聞いて心底驚き、大きなため息とともに帰って行きます。この辺りから自責の念も出てきました。
- 出稿締め切りまであと6時間ほどに迫った最終ミーティング。スポットライトの4名に、ベン、バロンを加えた6名が出席します。数年前、新聞社には弁護士マクリーシュから既に情報が送られてきていたとロビーが発言します。つまり、もっと昔に記事を書けた筈だし、犠牲者を少なくする事もできたかもしれなかったのです。ロビーは、当時ベンがその情報を葬ってしまった事を知っています。しかし、それには触れず、ロビー自身が通り一辺倒の軽い記事を書いて済ませてしまったと言うのです。観ている我々は、ロビーがマクリーシュに対して激しく情報提供を求めていたシーンを覚えています。つまり、ロビーはマクリーシュから元々情報を受け取っておらず、ロビー自身が通り一辺倒の軽い記事を書いて済ませてしまったというのは嘘なのです。ロビーは2人にしかわからない方法でベンを告発し、それは本人の良心に任せるという方法をとったのです。あともう少しで映画が終りそうなときのワン・モア・シング。このシーンはあっと言う間に過ぎてしまいますが、重要な見せ場です。ベンは完全に教会側ではありません。彼の唖然とした顔には様々な思惑が含まれており、つまりこれから新聞記事を読むであろう、この街の人々の全体的な空気の象徴でもあるのです。
この映画が描くもの
子供にとっての神の存在
思春期前までの子供の世界は家庭を中心にして成り立っています。親は子にとって、生まれてからずっと、何も疑う必要のない絶対的な存在、つまり神と同義なのです。(この映画とは直接関係ありませんが、思春期とは、子供が成長し、多様な価値観を受け入れ始めた時、つまり今まで絶対だと思っていたことが絶対ではなくなった時期の事です。子が親を尊敬し、愛情を持ち続ける事が出来るか否かはその家庭によって異なります。親が1人の人間としてその価値が試される時が思春期ともいえます。)
さて、この映画では貧しい環境の思春期前までの子供たちが犠牲者です。貧困、離婚、ドラッグ中毒などで親という神がほぼ不在な環境にいる子供たち。そんな彼等にとって、無償の愛と生きる目標を与えてくれる神父を神のごとく感じる事は想像に難くありません。そして神父は神の優しさと権力を無垢なる者に行使するのです。まるで獲物を捕獲するように。
子供たちは、神から二人だけの秘密だと言われています。もしも何か変だぞと気がついても他言することはありません。思春期前なので神を信じ続ける以外の方法は思いつかないのです。
やがて多様な価値観、多様な世界を受け入れる年齢になり、何が起こっていたかを理解した時はもう遅く、精神は崩壊状態に陥り、ほとんどがアルコールやドラッグへの逃避、そして逃避しきれなくなり自殺という結末に至るのです。この映画では生き残れた犠牲者をサバイバーと呼びます。サバイバーには精神的に不安定だったり、同性愛者になったりする者も多いですが、ロビーの旧友の様に、過去を自分の心の奥底に閉じ込めて普通に家族を持つ事ができる人もいます。しかし、心の奥底の傷は決して消える事はないでしょう。
ボストンは敬虔なカトリック信者が多く、特に貧しい者にとっては信仰が救いとなります。「信じる事で救われる。神は見ている。自分に課せられた苦難は乗り越えなければいけない。神は私が耐える事ができるか試しておられる、、、。」と考える事で苦労を価値あるものと思い込む事ができるのです。しかし、信仰心を説く側の多くの神父は性心理の発育障害があり、12〜13才くらいのレベルだったというのがこの事件の特徴です。そして犯罪を犯す神父達を擁護するのは教会のシステムです。その影響力は、バロンが謁見した枢機卿のオフィスの巨大な革製高級ソファや、映画の冒頭、1976年のシーンで運転手付きの黒塗りの高級車の乗る神父達が象徴するように強大なものなのです。
社会が貧困を作り、貧困こそが最も信仰を必要とする。聖職者の犯罪はショッキングなものですが、根本原因は社会そのものである事を見逃してはなりません。
資料編
カフェ「サウスエンド・バッテリー」
サーシャ・ファイファーが被害者から話を聞くために訪れるカフェ「サウスエンド・バッテリー」は実在します。
http://southendbuttery.com
「バンビーノの呪い」
バロンがボストンに着任した際に勉強のために読んでいたものが「バンビーノの呪い」という本。バンビーノとはベーブ・ルースの事で。1918年にワールドチヤンピオンだったボストン・レッドソックスが、1919年にベーブルースをニューヨーク・ヤンキースに売ってしまった後、延々とワールドチヤンピオンななれないというジンクスの事。宗教に熱心な一方、スポーツにも涌くボストンの一面を、バロンは就任前に予習していたわけです。
Snapのフイルサビアーノが証拠として持参する2冊の本は実在します。
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